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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1465号 判決

控訴人 立正信用組合

右代表者代表理事 小川登

右訴訟代理人弁護士 辻武夫

被控訴人 合名会社ひまわり金融社

右代表者代表清算人 藤原武郎

右訴訟代理人弁護士 沢田剛

右訴訟復代理人弁護士 段林作太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の旧請求(抵当権設定登記の回復登記についての承諾を求める訴)及び当審における新請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人の従前の請求を「被控訴人と控訴人との間において、被控訴人が(イ)別紙目録記載の土地につき神戸地方法務局安積出張所昭和三六年一〇月一三日受付第一七二八号を以て登記した第二順位の抵当権者、(ロ)別紙目録記載の建物につき右同庁右同日受付第一七二八号を以て登記した第二順位の抵当権者にして、右各物件に対する昭和三九年二月二〇日の競落により生じた競落代金につき、第二順位の配当要求権あることを確認する。」と変更した。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

被控訴代理人において、事実関係につき、

控訴人は当初本件物件中の土地については抵当権の設定を受けていなかったが、昭和三八年八月二一日神戸地方法務局安積出張所受付第一二二一号を以て、同日付根抵当権設定契約を原因とする債権極度額二五〇万円の根抵当権設定を受けているから、右土地についても被控訴人が控訴人の右根抵当権より先順位の抵当権者であることの確認を求める法律上の利益がある。そして本件土地、建物については、控訴人の抵当権実行による競売申立により昭和三九年二月二〇日競落許可決定がなされ、競落代金一〇〇万円の支払も完了したので、被控訴人は第一順位抵当権者(被担保債権四〇万円余)たる宋粟信用金庫に次ぐ第二順位の抵当権者として、控訴人よりも先順位において配当を受ける権利があり、また、もし控訴人が被控訴人に優先して配当を受けた場合は、控訴人に対して不当利得返還請求権を取得する関係に在るから、本件において右の配当要求の権利のあることの確認を求める必要があるので、従来の抵当権抹消登記の回復登記手続を求める請求を、右の配当要求権確認の請求に変更するものであって、右の変更の基礎の同一性を失うものではない。被控訴人が控訴人を相手方として提起している配当異議訴訟との関係は、本訴の確認請求が先決的なものであり、かつ両者の請求権は競合する関係に在るから、本訴の請求を排斥する理由にはならない。被控訴人が確認を求める前記の権利は、現在の法律関係であって、過去の法律関係でないから、確認の利益は存在する。と述べ、立証として≪省略≫

控訴代理人において、事実関係につき、

本件土地、建物につき控訴人の抵当権実行により昭和三九年二月二〇日競落許可決定がなされたことは認める。そして右物件については同年五月二〇日付を以て競落人たる控訴人に対して所有権移転登記がなされたものである。そして右物件中土地については控訴人は昭和三八年八月二一日付を以て根抵当権設定登記を受けたものであることは認めるが、仮りに被控訴人がその主張のような抵当権を有していたとしても、右被控訴人の抵当権はすべて前記競落の結果消滅し抹消せらるべきものであるから、被控訴人の本訴において確認を求める法律関係は過去の法律関係であり、また配当要求や不当利得返還請求の単なる前提問題の確認であるから、法律上の利益がない。被控訴人の権利は、配当異議訴訟又は不当利得返還請求訴訟において、直接これを行使すべきもので、確認訴訟として請求することは許されない。のみならず、被控訴人は控訴人を相手方として現に神戸地方裁判所竜野支部において配当表異議訴訟(同庁昭和三九年(ワ)第五二号事件)を提起し係属中であって、本件訴訟は実質的には右の訴訟と二重訴訟の関係に立つものであるから、許容せられないものである。また、被控訴人が従前の抵当権抹消登記の回復登記請求を変更して配当要求権確認請求に改めたことは、請求の基礎に変更を生ずるものであるから違法な訴の変更として許容されない。さらにまた、本訴請求は、その実質において、債権の存在を争うものでなく、抵当権の順位のみを争うものであるところ、抵当権の順位は登記の前後に依るべきであって、抹消された抵当権登記は、その抹消の理由如何を問わず、未登記抵当権と同様に、登記のある抵当権より順位が後れることは理の当然であり、抵当権登記の抹消されたために順位の利益を失って受ける損害は、別途に請求、解決すべき問題であって、抵当権抹消による順位回復として救済を求めることは許されない。なお本件抵当権の債務者である秋田哲次郎に対しては、同人の昭和三八年一二月神戸地方裁判所竜野支部に対する上申書により民訴法第五四四条第一項の異議を申立てたものとして昭和三九年二月二一日異議申立却下決定がなされているが、同人の右上申書は被控訴人の記録添付債権を認諾しない旨の申立と解すべきで、従って被控訴人は右裁判所よりこれが通知を受けてより三日内に訴を以て債権を確定する手続を採るべきところ、その手続を採ることなく右期間を徒過したので、被担保債権は消滅し、被控訴人の配当請求権自体を認めることができないから、本訴は利益がない。

本件抵当権の抹消登記がなされたのは、被控訴人が司法書士丸居源治に対して、抹消目的物件を明示、限定せずに委任したためであって、丸居はこれを全部抹消と解釈してその意思で本件土地、建物の抵当権をも抹消したものであり、右の抹消登記は被控訴人の代理人となった右丸居の完全な意思に基く瑕疵のない登記申請行為に因るものであるから、登記申請行為につき何等無効原因は存在しない。仮りにこの点につき被控訴人主張のような錯誤があったとしても、右代理人に委任した者において重大な過失があるから、錯誤の主張はできない。仮りにそうでないとしても、債務者たる秋田においては本件抵当権の抹消登記の申請委任をしたことはなく、丸居が擅に同人名義の登記申請書を作成して抹消したものであるから、右登記申請は本来無効であって、被控訴人の原因行為としての錯誤の問題は生ずる余地がなく、本訴は理由がない。と述べ、立証として≪省略≫

原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

先ず被控訴人の請求の変更(交替的変更と解されるもの)が許されるか否かにつき按ずるに、右変更の前後の請求と、その変更理由に徴すると、被控訴人が本件物件について有していた抵当権につき、前には一旦抹消された登記の回復についての承諾を求めていたが、右物件が競落されたことにより、右の抵当権に基き配当要求を為す必要が生じたので、従来の抵当権に基く配当要求の権利のあることの確認の請求に改めるというに在って、その前後の請求は同一の抵当権に起因する同一の基礎に立つものであることは明白であるから、右請求の変更は許容せらるべく、この見解に反する控訴人の主張は理由がない。

次に被控訴人の右変更後の請求が、二重訴訟に該当するか否かにつき検討するに、神戸地方裁判所竜野支部において、被控訴人と控訴人間に本件抵当権に基く配当異議訴訟が係属中であることは被控訴人も認めて争わないところであり、真実の事実と認むべきところ、本件訴訟において被控訴人の求める請求は、従前有していた第二順位の抵当権に基き競売手続において配当のなされる場合に、その順位に基く配当要求の権利のあることの確認を求める、というものであって、その申立の趣旨は、現に存在する具体的競売ないし配当手続中において、右の手続上の権利ないし地位を有することの確認を求めるものと見るよりは、むしろかような手続上の権利ないし地位を主張し得る原因となる実体上の権利の存在の確認を求めるに在るものと解すべきところ、別訴たる配当異議訴訟の性質は、現に進行中の具体的競売ないし配当手続(強制執行関係法規の準用に依るもの)において具体的な配当方法の決定、施行につき変更、是正を求め、当該手続それ自体に直接形成的効果を及ぼすことを訴旨とするのが通例であって、右別訴についてもこの点につき何等反証がないから、右配当異議訴訟と本件確認訴訟とは、明らかに訴の目的、請求の実質的内容を異にし、同一訴訟と解せらるべきではなく、本件訴訟は二重訴訟には該当しないから、この点の控訴人の主張も理由がない。

次に控訴人は、抵当権の登記の有無、登記上の順位の前後に反する抵当権の順位の争いは、別に損害の回復方法を講ずべきで、登記に現われていない順位の争いそれ自体としては訴の利益がないと主張するので按ずるに、一般に抵当権の順位を争うことは、たとえそれが登記の有無や登記された順位の前後に反したとしても、それ自体として許されないとする格別の根拠は見当らない。のみならず、登記原因たる抵当権の設定が実体的に存在する場合においては、それが登記(ここでは回復登記)されたことと、登記されていないこととの差異、又は、抵当権を登記した場合と登記し得べくして登記しない場合との差異は、その登記のない理由が物権変動当事者の意思に依る場合(通常の未登記、意思に基く抹消など)であれば、登記の欠缺を主張する利益を有する第三者に対する関係では、右の差異はいわゆる対抗問題として、抵当権の対抗力の存否となってそのまま影響を持つことが是認されるが、かような第三者に該当しない者との関係においては、右の差異は、効力上の相違を来さないものとして、むしろ否定せらるべきところ、被控訴人に対する控訴人の関係のように、被控訴人主張によれば、権利者たる被控訴人の回復登記の実行につき承諾を与える義務を負担する関係に在る者は、仮登記権利者が仮登記に基く本登記の実行を為さんとする場合における仮登記後の登記名義人の場合と同様に、さきの登記による順位保全の効果として、右権利者の登記原因(ここでは回復登記原因)がその原因当事者間で有効に存在する限り、その原因に基く登記が自己の登記よりも先順位で為されることを受忍する義務を負担する者であって、右登記原因たる物権変動が自己に対する対抗要件を具備しないことを理由としては、右の承諾義務を否定することを許されない地位、否それ以上にむしろ右の対抗要件の具備に関与を要請され、その対抗要件具備行為が理由のある限り、これに協力すべき地位に在るものとして、この点に関する限り当該物権変動の当事者に準ずる関係に在る者と考えられる。このような関係に在る被控訴人と控訴人との間では、被控訴人は、控訴人主張のように、登記の有無、登記上の順位に反する権利を主張し得ない訳のものではないから、抵当権の順位を争うことはそれ自体として訴の利益があり、当然に許容せられるものというべきである。

また、登記の現存しない理由が物権変動当事者の意思に依る場合でない場合、例えば他人による不法抹消に因る場合の如きは、その抹消登記の抹消に代る回復登記のなされる以前においても、右抹消登記が効力(対抗力)を持たないこと、従って抹消前の原登記が効力(対抗力)を有することは、抹消当事者のみならず第三者に対しても主張することが許されなければならない。けだし一般に違法な登記の抹消を求める場合には、その原因は、違法登記の取消原因たる瑕疵(手続的違法と実体的ないし内容的違法、通常は登記原因の欠缺ないし不一致と、登記意思の欠除がこれに該当する)として構成されねばならないが、違法登記を、その抹消とは別に、その登記としての効力(本体たる物権変動の効力を補充、充実せしめる実体的効力)を考察する必要は勿論存するのであって、登記が物権変動の公示手段であって、物権変動自体を創出するものでない以上は、物権変動が存在する場合の変動当事者の登記意思(登記をすると否との決意)の存否の影響をどの程度に考慮するかは問題であるとしても、少くとも、登記のみ存在して本体たる物権変動が存在しない場合には、登記の公信力を認めない限り、如何にしても右登記に物権変動対抗の効力を認めることは是認し得られない。そして抹消登記もそれ自体が一の公示(さきの公示を取消すための公示)であるから、取消原因のない公示に、取消の効果を附与することはできない。また抹消前の原登記は、それが過去に生起した歴史的事実としての公示(世人への一般的な告知)の本質に徴して、これにより一旦生じた対抗力は、右公示の記録としての登記簿上の記載が、たまたま登記官吏の過誤や当事者の意思に基かぬ偽造文書による申請などによって不法に抹消されたというだけでは、記録の喪失を理由に歴史的事実を遡って否定できないと同様に、否定される筋合はない。即ち、実質関係を伴わない不適法な抹消登記は無効であり、抹消により旧登記を朱抹することは抹消が有効な場合に結果的に旧登記を無視し得ることを示す便法に過ぎないから、不正に抹消された旧登記はその形式的な朱抹にも拘らず抹消前の経過を示す意味では潜在的に存在するものと解すべく不法抹消の場合における対抗力の存続については登記の外見的存続を要件としないものである(最高裁昭和三六年六月一六日判決参照)。以上の理由により、不法抹消によって外見上失われた登記についても、その不存在なる外形に反してその対抗力を主張し得るものであるから、控訴人の主張は、この点においても理由がない。

さらにまた控訴人は、被控訴人が確認を求める法律関係は、過去の法律関係であり、また、他の権利行使の単なる前提問題に過ぎず、その権利行使は、配当異議等の直接的方法によりなさるべきであって、本訴においては確認の利益がないと主張するので、この点につき審接する。

被控訴人の主張によれば、被控訴人の抵当権は、控訴人の第三順位抵当権に先立つ第二順位の抵当権であるところ、本件物件が右控訴人の抵当権に基き競落されたことは当事者間に争がなく、当裁判所において成立を認める甲第九、一〇号証によると、右競落により本件物件は昭和三九年五月二〇日控訴人に対し所有権移転登記がなされ、既存抵当権はすべて抹消手続が完了したことが明白であるから、被控訴人主張の抵当権もそれが存在したとしても右と同時に消滅し、それが回復登記されていたとしてもすでに抹消せらるべき筋合であったことは是認せられるけれども、被控訴人が、右の抵当権の実体的効力として主張するものは、その実行前の効力や単純な換価権の如きを意味するものとは考えられず、換価後(配当に加入して)優先弁済を受ける効力を主張するものと認められるから、本件競落後の配当手続が未完了である限り、右の権利の確認を以て、過去の法律関係の確認と見ることはできず、控訴人のこの点の主張は理由がないが、被控訴人としては、右の優先弁済を受ける権利は、現にそれが参加し得る配当手続が行われている以上は、その手続において主張すべきであり、また現に主張しているところでもあり、右の抵当権の効力は、すべての実体法的理由を主張し得べき右配当手続において主張することにより、初めて直接的な実効を収め得るものであるから、これとは別に本訴において具体的手続と離れた実体権としての確認を求めることは何等抜本的解決に寄与せず、むしろ権利保護としては直接性を欠くものであって、確認訴訟としては法律上の利益を欠くものといわなければならない。被控訴人の右の権利が、右の配当異議訴訟では目的を達せず、本訴においてのみその保護を受け得られるとする特別の必要性、その事由は、何等被控訴人の主張、立証しないところである。そうすると、被控訴人の請求(新訴)は、その余の点を判断するまでもなくすでに右の点において理由のないものとして棄却せられなければならない。

なお被控訴人の旧請求(抵当権設定登記の回復登記についての承諾を求める訴)は、請求の交替的変更により取下がなされたものとみられるが、右訴の取下については控訴人の同意がないので、なお残存しているものであるところ、被控訴人主張の抵当権が存在したとしても既に競落の結果消滅に帰したものであるから、抵当権の現存を前提とする右旧請求はその余の判断をなすまでもなく失当として棄却すべきである。

よって被控訴人の旧請求を認容した原判決を取消し、旧請求及び新請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 岡垣久晃 判事 宮川種一郎 奥村正策)

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